記録:ミミさん(2025年6月24日)
夜明け前の三時、クレートの奥から、ジュマの鳴き声。
ジュマはすぐに黙り、丸まってまた目を閉じた。
たぶん、ほんのちょっとだけ、不安だったのかもしれない。
今夜は、灯りを少しだけ残して、音楽も流してみよう。
そんなふうに思いながら、私もまぶたを閉じた。
朝、サークルのトイレでのおしっこは成功。
「よし」とジュマを出したその数秒後、玄関マットに、ふたたびぽつんと水たまり。
「うそやん」と声が出そうになるのをおさえて、無言で拭いた。
反応は覚えられてしまう。
そう、犬の記憶は案外鋭い。
ふと、その瞬間に思い出すのは、キキの赤ちゃん時代だ。
タイミングがずれて、マットレスの上でおしっこをしてしまい、
そのまま気づかずに二度寝したノブさんを巻き添えにしたあの日。
あの時の絶叫と脱力の光景は、もはや我が家の古典。
もちろん、キキ本人は何ひとつ覚えていないのだけれど。
ジュマのトイレの習得も、たぶんそんなふうに、
私たちの中にだけ鮮明に残る“家族の記憶”になっていくのだろうと思う。
午前、お庭へ。
風はやわらかく、光も刺さない。
ジュマは少しずつ歩き、匂いを確かめながら、ついには家の周りを一周した。
声をかけながら待ち続けるだけの、地味な練習だったけれど、
彼は一歩ずつ、ちゃんとこちらへ向かってきた。
空の色も、気配も、今日は少しだけ、味方だった。
午後、キキとノノがそれぞれのやり方で、ジュマとふれあう時間。
ノノは迷わず抱き上げ、キキは少し距離をとって餌を差し出す。
ふたりとも、昨日よりもほんの少しやさしくなっていて、
その「ほんの少し」が、とてもまぶしく感じられた。
夜、ノブさんが帰ってきて、部屋がにぎやかになった瞬間、
ジュマはまた、うれしさをこらえきれずにおしっこ。
でも今日は、誰も慌てなかった。
「これもまた、きっと思い出になるんだよ」と心のどこかで笑いながら、
私は静かに拭いた。
事件はなかった。
けれど、足音は残った。
とても静かで、とてもやさしい、一周ぶんの記憶。