『六月のゆらゆら、初めての夜』

2025年6月20日:1日目の記録です。

車が揺れるたび、後部座席の小さなソフトクレートも、そっと揺れていた。
開け放った窓からは初夏の匂い。

だけど、ジュマの小さな体には、少しだけ刺激が強すぎたのかもしれない。
二度の嘔吐と、二度の排泄。

声をあげることはなく、ただ静かに、でも確かに、緊張が伝わってくる。
横にいた妻も、拭いたり宥めたりしながら、少しずつこの重みを共有していった。

 

ようやく家に着いて、まずはサークルへ。
準備しておいた寝床とトイレの配置に、私たちは少し安心していた。

けれど、ジュマにとっては違ったらしい。
最初の数時間で、小さな失敗が続いた。

でもそれを責める人はいない。

 

子どもたちが帰ってきたのは、ちょうどその頃。
玄関で足を止めて、「犬、吠えないね」と拍子抜けしたように言った。

静かすぎるくらいの出迎えは、かえって好都合だったのかもしれない。
恐れることなく、手が差し出される。

それだけで、この日の半分は報われたような気がした。

 

そのあと、少し外へ出てみた。
芝生の上で、風に吹かれてもジュマは一歩も動かなかった。

見慣れない空と、土の匂いに包まれて、ただじっとしていた。
その姿に、こちらまで呼吸を浅くしてしまう。

 

夕方にはトイレの場所を変更した。
ジュマが何度か間違えた場所へ、トイレをそっと移し、寝床は家の隅へ。

すると少しずつ、リズムが噛み合ってきた。

 

ロイヤルカナンをぬるま湯でふやかしたご飯も、
早食い防止の器でゆっくりと完食。

歯磨きガムのグリニーズも、最初の戸惑いを越えて上手に噛み終えた。

 

トイレが成功して、「ポティ(和訳:便器)!」とみんなで褒めすぎて、
もしかしてこれが名前だと勘違いしていないかと、ひとり笑ってしまう。

おもちゃには目もくれず、ただ静かに、ただ小さく、目を伏せる。
その姿が可愛くて、声をかけるのを我慢するのがむずかしい。

 

夜十時半、ジュマはそのままリビングの隅で眠りについた。
静かな寝入り。

けれど、その後に訪れたのは、遠くから聞こえるクーンクーンの小さな声。
見に行きたい気持ちを抑えて、ナイトカメラを覗き込む。

あの感じ。そう、あのときと同じだった。
初めて赤ん坊が家に来た夜。

何かが起きてしまわないか、息を殺して、ひたすら見守っていた夜。

 

思い出して、ふっと笑ったとき、眠っていたはずの妻が、
「あのときと同じやな」って、笑った気がした。

寝言かもしれない。
でも、それで充分だった。